物の裏側にある人

お客様への納品を兼ねて、久しぶりに関西へ出張した。仕入先をいくつか周り、その後は工場へ寄ってスタッフ用に加工の様子を収めた研修ビデオを撮影して帰る予定だった。自分たちが扱っている商品をどんな人がどのように作っているのか、それを知ることで接客スキルも上がるし、製作指示のポイントも分かる。クレームが起きた場合でも、なぜそのような事が起きるのかという工場からの説明に対する理解力も上がる。何より、自分たちの販売する製品をどんな人がつくっているのかを知ることはとても大事だと思ったからだ。

2泊目の夜に、近くの同業者と飲むことになっていた。前日に確認の電話を入れると彼はA社のB社長を会わせたいと言った。当店とは取引はないが、小規模の老舗メーカーで私も良く知っている会社だった。最近、代替わりして私より若いご長男が社長になったらしい。折角の機会なのでご一緒することにした。

Bさんはとても印象の良い方で、私たちは既に何度か飲んでいるかのように楽しい時間を過ごした。そんな雰囲気もあったのか、彼は『ちょっと見て欲しいものがあります』と僕にA4のファイルを手渡した。それは、専門店の現状と今後について書かれたパワーポイントの資料だった。私は飲む手を休めて、真剣にそれを読んだ。彼はその人柄通り、私の読むペースに合わせて、熱過ぎない真剣さで説明を加えてくれた。

これまで販売していた低価格でシンプルな価格システムの商品群は、阪神淡路大震災に伴う需要の大幅な増加により接客機会を逃すことが増えた専門店が始めたもので、デフレ時代は良かったがアベノミクス効果により最近は売上が落ち込んでいる。しかし、大型チェーン店がそれに合わせて中・上級の商品ラインナップを充実化したため、専門店は景気が良くなっているにも関わらず苦戦している。そうした中で必要なものは…。という話の流れだった。ある同業者会の集まりで講演をする資料とのことだった。『どう思いますか?』と彼は真顔で聞いて来た。私は正直に感想を述べて良いかどうか迷ったが、初対面の彼の人柄を信じて、正直に感想を言う事にした。

『いくつか気になることがあります。まず一つは、ここで書かれていることが論理的で、その結論を正しいと位置づけていることです。論理的であることと正しいことはイコールではありません。これと全く違う意見を論理的に説明することも出来るし、僕の意見は実際そうです。そしてそれが正解だとは思いません。正解を知るための準備だと思っています。でも、そうでない人は論理的な結論を正解だと信じて、自分で考えることを止めてしまう方がいます。それは講演者であるBさんにとっても、希望する結果ではないのではないでしょうか?。もう一つは、専門店がチェーン店に対応すべき存在であると書かれていることです。それは、主体性やアイデンティティを持たない存在だと言う事です。私は、今の専門店の凋落は、「こっちに売れそうなシステムがあるぞ~」って業界紙が取り上げると皆でワッ~と押し寄せてブームが終わると文句を言いつつ止めるような、主体性とアイデンティティの欠如にあると思っています。それから最後にもう1つ。この資料にはお客様が登場しません。拝見した資料を見るとチェーン店は、今、何をお客様が求めているかを調べて、中・上級品の商品開発に取り組んでいます。素晴らしいことだと思います。ちゃんとお客様を見ようとしてる。でも専門店はどうでしょう?お客様を見ずにチェーン店の方ばかり見ているんじゃないでしょうか?僕はそれが一番の問題点だと思っています』。

本音を言うとこの出会いをきっかけに彼の会社と取引したいと思っていた私は、なるべく失礼が無いようにと言葉を選びつつも、もうそれは何の効果もないだろうと諦めつつ本音を話した。彼は真剣に耳を傾け、最後にこう言った。『明日、僕の会社に来ませんか?今、新商品の開発をしてるんです。是非ご意見を聞きたい』。

翌日、工場へ到着が遅れるお詫びの電話を入れて、彼の会社へ向かった。彼は新商品の試作品を見せて色々な事を聞き、是非、他の商品も使ってほしいと言ってくれた。そして私たちは酒も飲んでないのに、3時間も真面目に仕事全般の話をした。僕は彼がくれたサンプルを持ち帰り、スタッフを集めて簡単な説明会を開いた。これを作っている会社はこういう物作りを心がけていて、それを作っている社長はこんな人で…私たちはそれを分かっていなければいけないし、それが大事だと思っている。